角膜内皮細胞は角膜の透明性維持に必須の細胞で、疾病や外傷により角膜内皮機能不全に陥ると、角膜が混濁し重症視力障害をきたします。角膜移植患者の60%以上は角膜内皮機能不全ですが、この疾患に対する角膜移植の予後は不良で、考え方の斬新な新しい治療法の創出が望まれていました。
「私たちグループは『角膜内皮機能不全は角膜内皮の組織幹細胞の枯渇によって生じ、生体外で培養した組織幹細胞を豊富に含む角膜内皮細胞移植の開発が不可欠』との着想のもとで、この疾患に対する新規治療法の創出に取り組みました。Rho キナーゼ阻害剤が、霊長類の角膜内皮細胞の増殖と基質接着性を促進することを独自に発見し、培養が困難であったヒト角膜内皮細胞の大量培養を可能にしました。さらに、従来の馴化培地としてヒト間葉系幹細胞馴化培地を用いることにより培地のヒト化を実現しました。Rho キナーゼ阻害剤を併用した基質を用いない培養ヒト角膜内皮細胞を前房内に移植するという誰も思いつかなかった細胞移植術を考案しました。この革新的な細胞移植術を、これもまた世界で初めて開発した霊長類モデルに適用し有用性を確認しました」と話すのは、Rho キナーゼ阻害剤のヒト角膜内皮細胞への応用の発案をした上野盛夫助教。
上野盛夫先生は理化学研究所CDB笹井研究室でヒト胚性幹(ES)細胞研究をしていた際に見出した、Rho キナーゼ阻害剤のヒトES細胞の細胞死に対する抑制効果を、小泉範子先生・奥村直毅先生と共同で、その当時培養が極めて困難であったヒト角膜内皮細胞培養に応用し、細胞培養の高効率化に有効であることを確認しました。
「培養角膜内皮シート移植は手術手技が煩雑な上に、生体適合性の透明な良いシートが見つかりませんでした。この問題は、培養した細胞をキャリアを使わないで懸濁液として注射して移植することで解決しましたが、動物の角膜内皮細胞の培養ができても、ヒトの角膜内皮細胞の培養ができず再生医療に使えるだけの大量培養は実質的に不可能だったことが問題でした」。(奥村直毅客員講師)そんな中、試行錯誤を繰り返していくうちに、偶然が重なり、突破口を発見したのです。「Rhoキナーゼ阻害剤という薬剤が角膜内皮細胞の接着性を高めることを発見できましたが、培養した細胞と一緒に眼内に注射することで移植した細胞の接着性が高まり、角膜内皮が再生できるのではないかと考え、実際にウサギの実験でウサギの角膜が透明に治りアイデアが正しかったことが分かった時は飛び上がるほど感動しました。」と成功当時の喜びを語る奥村直毅先生。