12 Important Works12研究物語

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培養ヒト角膜内皮細胞移植による角膜内皮再生医療の実現化

未知への挑戦と異分野融合が重症視力障害を治す革新的
医療を生み出し、感覚器未来医療への期待を膨らます

研究担当者

  • 上野 盛夫

    助教

  • 小泉 範子

    客員教授
    同志社大学生命医科学部
    教授

  • 奥村 直毅

    客員講師
    同志社大学生命医科学部
    助教

  • 羽室 淳爾

    特任教授

ヒト角膜内皮細胞の生体外での増殖への挑戦

 角膜内皮細胞は角膜の透明性維持に必須の細胞で、疾病や外傷により角膜内皮機能不全に陥ると、角膜が混濁し重症視力障害をきたします。角膜移植患者の60%以上は角膜内皮機能不全ですが、この疾患に対する角膜移植の予後は不良で、考え方の斬新な新しい治療法の創出が望まれていました。

 「私たちグループは『角膜内皮機能不全は角膜内皮の組織幹細胞の枯渇によって生じ、生体外で培養した組織幹細胞を豊富に含む角膜内皮細胞移植の開発が不可欠』との着想のもとで、この疾患に対する新規治療法の創出に取り組みました。Rho キナーゼ阻害剤が、霊長類の角膜内皮細胞の増殖と基質接着性を促進することを独自に発見し、培養が困難であったヒト角膜内皮細胞の大量培養を可能にしました。さらに、従来の馴化培地としてヒト間葉系幹細胞馴化培地を用いることにより培地のヒト化を実現しました。Rho キナーゼ阻害剤を併用した基質を用いない培養ヒト角膜内皮細胞を前房内に移植するという誰も思いつかなかった細胞移植術を考案しました。この革新的な細胞移植術を、これもまた世界で初めて開発した霊長類モデルに適用し有用性を確認しました」と話すのは、Rho キナーゼ阻害剤のヒト角膜内皮細胞への応用の発案をした上野盛夫助教。

 上野盛夫先生は理化学研究所CDB笹井研究室でヒト胚性幹(ES)細胞研究をしていた際に見出した、Rho キナーゼ阻害剤のヒトES細胞の細胞死に対する抑制効果を、小泉範子先生・奥村直毅先生と共同で、その当時培養が極めて困難であったヒト角膜内皮細胞培養に応用し、細胞培養の高効率化に有効であることを確認しました。

 「培養角膜内皮シート移植は手術手技が煩雑な上に、生体適合性の透明な良いシートが見つかりませんでした。この問題は、培養した細胞をキャリアを使わないで懸濁液として注射して移植することで解決しましたが、動物の角膜内皮細胞の培養ができても、ヒトの角膜内皮細胞の培養ができず再生医療に使えるだけの大量培養は実質的に不可能だったことが問題でした」。(奥村直毅客員講師)そんな中、試行錯誤を繰り返していくうちに、偶然が重なり、突破口を発見したのです。「Rhoキナーゼ阻害剤という薬剤が角膜内皮細胞の接着性を高めることを発見できましたが、培養した細胞と一緒に眼内に注射することで移植した細胞の接着性が高まり、角膜内皮が再生できるのではないかと考え、実際にウサギの実験でウサギの角膜が透明に治りアイデアが正しかったことが分かった時は飛び上がるほど感動しました。」と成功当時の喜びを語る奥村直毅先生。

臨床応用に向けての志の継続

 「2003 年にドイツ留学から帰国し、木下教授から『新しい研究室を始めるなら、まだ誰も成功していない角膜内皮の再生医療をやってみれば』と勧めて頂いたことがこの研究を始めたきっかけです。増殖しないヒト角膜内皮細胞を増殖させる技術を開発し、サル水疱性角膜症モデルを用いて培養内皮シート移植、細胞注入治療の開発を行いました」と話す小泉範子客員教授。

 科学技術立国を目指す我が国において最も期待される技術分野である再生医療のフロントランナーとしてこの道への挑戦が国家的にも認められ、大型公的プロジェクト(再生医療の実現化ハイウエイ)に採択されました。他研究機関の沢山のプロジェクトの中で本プロジエクトが、まず、最初に、平成25 年3 月にヒト幹指針への適合性が承認されました。培養角膜内皮細胞の前房内注入により角膜内皮組織を再生する概念は、世界をリードする先駆的技術であり角膜内皮再生医療のパラダイムシフトをもたらすものでした。

 平成25 年12 月に“First in man”試験を実施。平成26 年3 月の時点で3例の臨床研究を実施し、いずれも良好な成績を収めています。

多くの患者さんのもとに新しい治療を届けられるための新たな飛躍

 「角膜内皮の研究を始めて約10 年、ようやく患者さんのもとに新しい治療法を届けられたことが一番の喜びです。研究を振り返ってみると、実は楽しかったことしか覚えていないのですが、一緒に研究をするよいチームを作るために一番努力したかもしれません。木下先生には、『誰も成功していないことに挑戦する、臨床医学に役立つ研究をすることが重要である』と繰り返し言われました。今でもそのように心がけています」。(小泉範子客員教授)

 「奥村先生から細胞を前房内に移植するとの考えをお聞きした時には素晴らしいとアイデアと感嘆しました。本研究に従事して5年、楽しかったことより、苦しく辛いことの方がはるかに多かったですね。」とは、培養細胞の品質や出来上がるヒト角膜内皮細胞の均質性の重要性を知る羽室淳爾特任教授の話です。

 これは、いくら発想が素晴らしくても薬事規制の前に立ち消えになった医薬品の多くを知る羽室先生だからこその大きな悩みでした。小泉先生、奥村先生らの優れた独創的アイデアを多くの患者さんに届けるためには、どのような病態の患者さんにどのような細胞を移植すればいいのか細緻な品質が要求されます。免疫学の知識を駆使し、代謝学、遺伝子解析、miRNA の先端科学知見を活用し、移植すべき細胞の品質を定める必要が求められる厳しい現状。論文には出来ないような地味なデータの積み上げまで行うことが大切なのです。臨床知見(安全性、有効性)と照合できるような恒常性のある品質の細胞を移植することが、多くの患者さんに本治療法を届け、国際的にDSAEK を含む今までの角膜移植にとって代わるために要求されることであると、知っている羽室淳爾先生だからこその苦しみだったのです。

臨床と基礎の連携に係るリーダーシップ

 羽室淳爾特任教授は「この研究グループに参画したきっかけは、細胞を前房内に入れると角膜が透明になるという奥村先生の世界初のデータの開示と国家プロジェクト「再生医療の実現化ハイウエイ」への挑戦でした。当局に提出する研究計画書の作成、開発研究の指揮、品質規格関連のデータの取りまとめと統括研究者(木下教授)・プロジェクトマネージャー(上野助教)への提案・意見具申など多忙な日々を送りました。京都の侘び寂に触れる時間が少なくなりました。木下教授には、既成概念にとらわれない考え方を見守って頂けました。さらに、臨床での長年の知見を随所で適確にご指導いただけ、臨床と基礎の連携の妙味を味わえました」と話します。

感覚器未来医療への期待

 「本研究の意義は、様々な未来医療への可能性を着実に育んでいることにあります」羽室特任教授は語ります。再生医療という国策への対応を超えて、患者さんの体で日々起こっている幹細胞から成熟機能細胞への分化過程の制御に係るお薬や食品の開発(一端は既に小泉先生や奥村先生らにより具体化されつつあります)、ヒト角膜細胞機能不全に係るmiRNA やエキソゾームといった細胞外微粒子による水疱性角膜症の病態(細胞間相互作用による朱に交われば赤くなるの拡散)の革新的理解に繋がり、全く新しい創薬・病態診断の芽が育ちつつあります。細胞の移植を超えて前房環境を整えることにより治療効果は格段に改善し、効果も長期化すると期待されます。さらに現在の角膜移植術そのものが飛躍的に変わり新しい未来医療の創出につながると思われます。

 開発の中で実体験し苦しんで解決してきた本研究グループの財産は非常に大きいものです。行政対応といった実践経験と共にフロントランナーとして臨床体験で患者様より教わりつつある教えは、今一度基礎科学的な研究のニーズを掘り起こし感覚器未来医療に大きな夢を拓くと思われます。これが本研究に携わる皆の共通の思いです。