12 Important Works12研究物語

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Rho キナーゼ阻害剤を用いた角膜内皮治療薬の開発

角膜移植なし。 水疱性角膜症(角膜内皮機能不全)を
点眼液で治療する可能性に向かって

研究担当者

  • 上野 盛夫

    助教

  • 小泉 範子

    客員教授
    同志社大学生命医科学部
    教授

  • 奥村 直毅

    客員講師
    同志社大学生命医科学部
    助教

夢の治療を語り合い生まれた点眼薬開発プロジェクト

 この研究チームのゴールは、角膜移植しか治療法がない水疱性角膜症に対して、点眼薬による新しい治療法を開発することです。小泉範子先生は「奥村先生や上野先生、角膜グループの先生方、同志社学生たちと基礎研究から臨床応用を目指した研究に取り組んでいます」と話します。

 研究がスタートしたきっかけは「増殖しにくいヒト角膜内皮細胞の培養技術を開発するなかで、Rho キナーゼ阻害剤がヒト角膜内皮細胞を増殖させる作用を持つことがわかりました。2007 年の特許出願のときに夢の治療を話し合っていたなかから点眼薬開発プロジェクトが始まりました」(小泉範子客員教授)。

 上野盛夫先生は「理化学研究所CDB笹井研究室でヒト胚性幹(ES)細胞研究をしていた際に見出した、Rho キナーゼ阻害剤のヒトES細胞の細胞死に対する抑制効果を、小泉範子先生・奥村直毅先生と共同で、その当時培養が極めて困難であったヒト角膜内皮細胞培養に応用し、ヒト角膜内皮細胞においてもRho キナーゼ阻害剤が細胞培養の高効率化に有効であることを確認したことがきっかけになりました」と話します。

 奥村直毅先生は「大学院で角膜内皮の再生医療の研究をしておりました。研究を初めさせて頂くにあたり、木下教授には角膜内皮を目薬で治せるようなことを目指さないといけないと一番初めにお話いただいていました。Rho キナーゼ阻害剤が培養した角膜内皮細胞の増殖を促進することに気がついた時には、木下教授のお話を思い出しすぐに研究指導をして頂いていた小泉範子先生と相談して動物での研究に着手しました。Rhoキナーゼ阻害剤が培養した角膜内皮細胞の増殖を促進することを見出し、ウサギやサルの部分的角膜内皮障害モデルで点眼薬として投与することで角膜内皮が生体でも増えることを基礎研究で明らかにしました。また、角膜内皮障害患者さんを対象としたRho キナーゼ阻害剤点眼の臨床試験を開始しました」と振り返ります。

斬新すぎるコンセプトが仇に…

 研究を進める中で苦労したことは「斬新すぎるコンセプトの治療だったため、臨床の論文がアクセプトされるのに非常に時間がかかって苦労しました」(小泉範子客員教授)。

 「治療プロトコールの中で、病的な角膜内皮細胞を冷凍して脱落させています。この手技は今となっては非常に合理的なのですが、開発当時は角膜内皮細胞を冷凍して脱落させることは非常に侵襲が高く悩みました」(上野盛夫助教)。

 「角膜内皮が目薬で増えるという眼科医にとっては常識に反することを提案したわけですので、論文はなかなか通してもらえず、学会でも厳し目のコメントをいただくことが多かったです。現在は製薬メーカーとの連携のもと本格的な薬剤として開発を目指しておりますが、当 然ながら簡単な道のりではありませんので一喜一憂の毎日です」(奥村直毅客員講師)。斬新なアイデアだけに、なかなか受け入れられない…そんな苦労の連続が今も続いているようです。

世の中が変わるかもしれませんね

 研究を通じてのやりがいについて奥村直毅先生は「Rho キナーゼ阻害剤点眼の臨床研究の一人目のフックス角膜内皮ジストロフィのために角膜移植を予定されていた患者さんの視力が、点眼薬により1 週間で1.0 まで回復したときには感動して震えました。どのような患者さんにどのように使用するべきかなど薬剤としての本格開発に向けて難題がまだまだありますが、あのような素晴らしい効果を見せてくれた薬は何としても世に届けないといけないと考えています。お忙しい中、頻繁に土曜日や日曜日などにお時間をとっていただき、木下教授、小泉先生と3 人でデータを何度も見直し研究の方向性をご指導いただきました。 患者さんに届く真の医療を研究から生み出すという考え方を叩き込んでいただいたように感じています。ヒトに近い動物モデルであるサルを用いた研究でRho キナーゼ阻害剤が角膜内皮細胞を増やす効果を確認して、メールでご報告したときにすぐに『世の中が変わるかもしれませんね』というご返信をいただいたことは今も忘れません」と語ります。

世界中の患者さんが使える標準治療を確立したい

 小泉範子先生は「従来の医療の概念を変える新しい治療法を提案できたことは眼科医として大きな喜びであり、トランスレーショナル研究の素晴らしさを実感しました。コンセプトが正しければ必ず成功する、続ければ本物になる、という木下教授の言葉は、本当だったと思います。Rho キナーゼ阻害剤だけでなく、新しい作用機序の薬も含めた角膜内皮治療薬を開発し、世界中の患者さんが使える標準治療を確立したいと思います」と抱負を語ります。

 上野盛夫先生は「一番嬉しかったのは、臨床研究において、水疱性角膜症患者さんの角膜内皮細胞が回復したことです。木下先生には、常に良いチームワークでプロジェクトを進めることをご指導いただいています。私たちの研究成果によって、水疱性角膜症(角膜内皮機能不全)が点眼液で治療できる可能性があります。現状では水疱性角膜症に対する治療は角膜移植ですが、角膜移植は侵襲が大きく、比較的進行した水疱性角膜症に対して行っています。水疱性角膜症が点眼液で治療できれば、より早期に水疱性角膜症に対する治療的介入が可能になります」と今後の展望を語ってくれました。

 奥村直毅先生も「製薬メーカーとの連携により市販化され世界中の患者さんに届けることが今後の使命です。また、Rho キナーゼ阻害剤が角膜内皮に有効であるということは、従来、薬は無効であると信じられていた角膜内皮に有効な薬剤があることを意味すると考えています。現在、複数の薬剤の研究を進めておりますが、将来的にはいくつかの薬剤を組み合わせることで角膜内皮の効果的な治療ができるようにしたいという夢を持っています」と目を輝かせて語ってくれました。