12 Important Works12研究物語

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マイボーム腺分泌脂(meibum) の解明とその臨床応用

世界を一歩リードしていると確信する
日本の考え方を米国が習う時代が来る

研究担当者

  • 横井 則彦

    准教授

  • 鈴木 智

    客員講師
    京都市立病院 眼科 副部長

健常者とマイボーム腺異常患者の脂質分析を行う

 この研究グループの研究内容について、鈴木智先生は「健常者のマイボーム腺分泌脂( 以下meibum)に含まれる常在細菌と、マイボーム腺異常患者のmeibum に含まれる細菌を明らかにし、治療を確立することです。また、健常者とマイボーム腺異常患者の脂質分析を行い、両者の違いを明らかにするとともに、治療へと結びつけることも重要なテーマの一つです。さらに、性差および加齢性変化などにも注目しています」と説明します。

 さらに横井則彦先生も「この研究によって、角膜上の涙液油層の役割を涙液油層の粘弾性特性の観点から解明し、ドライアイやマイボーム腺機能不全の診断や治療に役立てることを目的と考えています」と話します。

 研究のきっかけになったのは「1997年にOxford から持ち帰ったアイデアをもとに企業との共同研究でビデオメニスコメータを完成させて、涙液貯留量を評価できるようになり、涙液貯留量と涙液油層の動態の関係を解析した結果、ドライアイと健常眼をスクリーニングしたり、 ドライアイの重症度を評価する上で、涙液油層観察像のパターン分類よりも油層の伸展動態の方がより重要であることに気付いたこと」(横井則彦先生)。

 鈴木智先生は「大学院時代に『角膜フリクテン』を臨床研究のテーマに選び、そこから『マイボーム腺炎角膜上皮症(MRKC: meibomitis-related keratoconjunctivitis)』という疾患概念を提唱し、さらにマイボーム腺と眼表面を一つのユニットとして考えるMOS (Meibomian glands and Ocular Surface)という概念を提唱するに至りました。meibum の細菌および脂質組成の変化がMOS に大きく影響していると考えたためです」と説明してくれました。

偶然の出会いが困難な課題を解決

 この研究を進める中で苦労したことについて横井則彦先は「2003 年、当時大学院生だった山田英明先生と一緒に、涙液油層の上方伸展距離と開瞼からの経過時間との関係のグラフを完成させましたが、それがどのような関数で記述できるかが全く分からず、非常に難しい克服課題となっていました。しかし、偶然来校されたトライボロジーの大家である東京大学工学部の加藤孝久教授が、レオロジーのVoigt model で記述できる可能性を教えてくださり、企業との共同研究で、涙液油層の伸展動態を自動解析できるシステムを完成させました」ということで、偶然の出会いが、研究の突破口になったということです。

ヒトの微量サンプルを扱う難しさに直面

 鈴木智先生は「ヒトの微量サンプルを扱うということ、そして、再現性を持った脂質分析を行うということが一番難しかったです。具体的には、meibum を採取する方法の確立が大変でした。特に細菌培養においては、検出される細菌が皮膚の常在細菌でもあるため、コンタミネーションである可能性をなくすために、眼瞼縁をイソジンで消毒してか らmeibum を採取し、イソジンを分解するチオ硫酸ナトリウムを混合した培地(ANA ポート微研2®)に入れて培養するという工夫を用いています。特に閉塞性MGD 患者では、採取できるmeibumが微量となるため解析が困難でした」より正確で精密なデータを取るためには、想像を超える苦労があるのですね。

Be international を肌で感じながら、共同研究を継続中

 「木下茂教授が掲げられた眼科学教室の社是とも言える『Be international』の意味するところを肌で感じながら、共同研究を続けています。木下茂教授は、Oxford への留学(Anthony Bron教授に師事)を応援してくださり、Georgiev 博士との共同研究をいつも温かい目で見守ってくださっています」(横井則彦先生)。このような木下教授のサポートが、苦労を忘れさせ、前進するエネルギーを与えてくれるのでしょう。

 横井則彦先生は、涙液油層の伸展動態に関する報告論文を契機に、シドニーで開催されたマイボーム腺に関する国際的なクローズドミーティングに、日本からただ一人招待を受け(世界から集められた30 人のうち28人は基礎研究者)、そこで、Georgi Georgiev 博士(ブルガ リアソフィア大学生化学教室)と出会い、現在までの5年間の共同研究で、防腐剤である塩化ベンザルコニウム(BAC) の涙液層・上皮への影響とヒアルロン酸の持つBAC の中和作用を界面化学の手法で解明することができました。

 また、1年以上に及ぶディスカッションで涙液層のブレイク分類を完成させ、涙液油層の役割が液層の水分の蒸発抑制ではなくその弾性特性により涙液層の破壊を抑制することにあるという常識を覆す概念を提唱しました。前者は臨床応用においても非常にやりがいのある仕事となり、後者は、The RoyalSociety of Chemistry の公式サイト (chemistryworld)で高く評価され、2人の大きな喜びとなりました。

木下先生の先見の明に感謝

 木下先生とのエピソードについて鈴木智先生は「大学院2年目のときには、『角膜フリクテンは抗菌薬で治療できる』ことを布教するために、国内外を含め1年で9回学会発表させていただきました。MRKC の起炎菌として皮膚の常在細菌であるPropionibacteium acnes の可能性を考えた時、『まずは動物実験を』とのことで行った実験が、今もMRKC の概念を支えていることに、先見の明を感じます。以来、ずっとその考えをサポートしていただき続けていること。MRKC の概念を広めるために、ことあるごとにサポートしていただき、MOS への広がりへと到達できたこと。常に、新しい考えを取り入れようとしてくださる懐の深さ、そしてそれを確立するために必要なことを冷静に判断し、サポートしてくださり、ずっとそれを継続してくださることに感謝していま す。今後は、MRKC から発展してMOSという概念を広め、マイボーム腺疾患の病態が明らかとなり、診断・治療が確実に行えるようになることを期待しています。また、meibum とocular surfaceにおけるmicrobiome について解析し、疾患や加齢性変化を科学的に理解することを考えています」と語ります。

 横井則彦先生は「現在、ドライアイについては、米国の炎症の考え方が世界を席巻していますが、それは、細胞生物学と免疫学に基づく世界であり、日常臨床で経験されるドライアイの涙液層の振る舞いを説明するには限界があります。生物物理と生理学に基づくGeorgiev 博士 と私の基礎と臨床の融合した共同研究は、目に見えるドライアイのコア・メカニズムである涙液層の安定性低下を分子レベルで説明できる可能性を持っています。私たちは、1 つのチームとして、私が臨床上、問題となっているテーマを出し、彼が、独自の手法で実験を行い、一緒に ディスカッションするというやり方で涙液の謎に迫っています。まず、涙液層の安定性低下をコア・メカニズムと考える日本の土壌で、確固たる病態生理を確立し、可能であれば、アジア諸国と力を合わせて、米国と渡り合いたいと思っています。ドライアイほど日本と米国の考え方が異なる分野はなく、世界を一歩リードしていると確信する日本の考え方を米国が習う時代が来ると信じています」。


【Georgiev 博士、横井先生、Bron名誉教授(ARVO 2014)】