Open Your Eyesエッセイ

軸がぶれない、人のことを気にしない。
知的好奇心を追求し、楽しむことを忘れない

ヨット部で西宮の海で「やりくり上手」の知恵と腕を磨く

木下先生が医学部生時代を過ごしたのは、ちょうど学生運動の最後の頃でした。政治的な活動に身を投ずるか、サークル活動に励むか、大学の外で、まったく関係のないことをするか…といった時代だったといいます。たまたま政治的活動を好まなかった木下青年は、ヨット部に所属し、西宮の海を漂っていました。「後輩がやらされるのは、まず飯炊き」。砂浜での炊飯用のたき木の調達から、限られた予算での買い出し。「少ない費用で、どれだけ豪勢に見せるか、できれば内緒でお茶代くらい捻出したい。そこが知恵と腕の見せ所」だったそうです。

基礎からしっかり外科的なこともできる眼科を選択

卒業が決まり、ヨット部にどっぷりの学生生活も終わろうとする頃「さて、何科に進もうか?」と考えたときに「最初は、心臓血管外科が格好ええなあと思っていたのです」という木下先生。

しかし、学園紛争の名残が色濃く残るキャンパスでは、大きい所帯より、個別の小さなグループで、学ぶ方が現実的に思えた木下先生は、基礎的なところもしっかりやり、かつ、外科的な分野もできる診療科ということで、眼科を選びました。以来、今日まで、角膜、眼表面の病気に取り組んできたことになります。

「一対一で、患者さんと向き合うのは好き」と木下先生は語りますが、当初、R&Dにそんなに関心があったかどうか、あまり覚えがないそうです。だから、やっぱり「何で、こないことになっているのかなぁ」と不思議なのだそうです。しかし、求め続けてきたのは最良の診療。しなやかで強靭な意志は、学生時代から揺るぎません。

したいことをしたら、ええんや~自由度と多様性を大切に

そして「縁あって」京都に来て、京都府立医科大学で、角膜、緑内障、網膜・硝子体、視機能、眼形成の5 つの診療・研究グループに分けて眼科教室を束ね、グループ同士の協力・連携で、治療の幅を広げてきました。

「治らない、治りにくいと言われる病気に、手をこまねくのではなく、『何とかならんか』と発想を変えてみる。治療戦略やアプローチ法の模索、吟味、立ち止まらずに一歩でも前進し続けようとする姿勢、その連続が今の眼科教室を作り上げてきました。そして、メンバーの『自由度と多様性』、つまり『したいことをしたら、ええんや』という姿勢を大切にして、若い医師が海外へ出ることも、積極的に後押しして来ました」という木下先生の言葉どおり、医局員は30 代までに海外の有名な大学に短期留学し、世界第一線の研究と臨床に触れて、飛躍的に成長し、質の高い医療を実践しようという教室全体の目標に向かって歩み続けてくれるそうです。

「医学の道であれ、何であれ、軸がぶれない、人のことが気にならないのが、達人の極意だと信じています。私の場合、定年は終わりではなく、けじめであり、新しいスタート。これからも知的好奇心を追求し、それを楽しむことを続けて行きます」と力強く語ってくれました。

専門性を大切にしながら横の広がりや全体感を意識し、
感性で「ニーズ」を感じ取る力を養おう

目は見えることにつながる重要な臓器ですが、全身から見ると非常に小さな部位で、「誤解」を恐れずに言うと、極めて狭い分野です。その小さな臓器のなかにも、角膜、水晶体、硝子体、網膜、黄斑部など、部位が細かく分かれており、ドライアイ、緑内障、白内障、網膜疾患など疾患も多岐にわたるため、治療も極めてスペシフィック(特定的)なのです。

当然、我々眼科医には、各疾患領域における高い専門性が求められますが、その一方で、これまで培ってきた知識、経験、技術を眼科のみならず、全身の医療につなげる可能性をも視野に入れることが重要だと考えます。

私の専門は角膜ですが、その治療技術を高め、専門知識を深めていくだけではなく、角膜を「『目』を診ていく最初の入り口」と捉え、体全体に及ぼす影響から、全身につながる役割や機能までをも意識する必要があると考えています。

これまで、日本は医療システムを含めて、アメリカから相当のことを学んできました。その良し悪しはさておき、医療技術の「縦割り」の要素が多く入っています。技術や専門性のとんがり(突出)は「縦割り」で生まれてきますが、その弊害も理解しておかねばなりません。例えばあるメーカーが、これまでにない画期的な製品を開発するプロジェクトを立ち上げるとします。もし、特定の分野に精通した専門家だけが集まって、製品開発を進めたら、どうなるでしょうか。一歩、二歩の前進はあるかもしれませんが、世界をあっと言わせる革新的な製品の創出は難しいでしょう。業種や文化的背景が異なる人、今まで面白い実績を残した人が参画することで、多様性が生まれ、新しいアイデアや進歩につながると思います。つまり、縦だけを追求するだけでなく、横への広がりも大切にする、両方の視点を持つことが重要なのです。

私の教室には、私が専門とする角膜に興味や関心が高い学生が集まってくる傾向が否めませんが、他の専門に関心がある学生も歓迎しています。一つの分野に特化していくと、短期的には良いかもしれませんが、中長期的には上手くいかなくなるリスクがあるのです。常に自分たちの専門性のカウンターパートを持っておくこと、そうすることで、周囲の環境や、自分たちが取り組んでいることの位置づけが明確になるのです。他の分野にも関心を持ち、それぞれの得意分野に幅を持たせると、10 年後には新たな展開が見えてくるでしょう。

医療・医薬品業界がある意味でグローバル化していくなかで、患者さんの治療ニーズを捉えるためには、様々な視点が必要です。例えば、この国の人はどういう考えで対応をしているのか、ヨーロッパのなかでもドイツとフランス、イタリアでは、価値観や行動がどう違うのか、アジアではどうか、中国ではどうか…ということ。さらに、社会情勢、文化的背景、経済環境、各国の規制など、全てが絡んで診療が成立していることも、理解しなければなりません。各医療現場の情報収集で知識を蓄えることに加えて、大切なのは、治療ニーズを捉える「感性」。つまり治療ニーズを感じ取る力を養っていくことではないでしょうか。

人間の「感性」には、新しいものを創出し、進化させる大きな可能性があると思っています。しかしながら、その「感性」は、社会で揉まれていくなかで、徐々に鈍くなっていきます。「何が求められているのか」「どういうモノだったら買ってもらえるのか」「何が足りないのか」。こういったことを、「感性」で捉えておく必要があるのです。

治らない病気をどう治療するか。より安全で簡便な治療は何か。専門性を追求するとともに、横のつながりや全体感を意識し、皆さんが既に持っている「感性」を強く感じることがとても大切なのです。